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神戸物語 (転載禁止)故郷での出会いと別れ編


この物語を私の最愛の友人、「メイ」の先日、亡くなったお母さまに送ります。


私が子供の頃、このあたりは田園地帯でした。
大半の住民は農家を営み、主に稲作、他、牛や豚を飼う酪農を生業としています。
うちは母が教育熱心だった為、農家を営みながら、繕い物の内職をし、私を女学校に通わせてくれました。戦後まもなくでしたから、家計は大変だったでしょう。それでも母はこれからの時代は学問が必要だと考えて女学校に通わせてくれたのです。
あれから三十年。田畑しかなかった私の家の前に中学校が建設されました。それはそれは立派な建物です。それからまた、十年、沢山の可愛い学生達が私の営む学習塾に学びに来てくれました。
今、目の前にいじめにあって泣いている子と
それを一生懸命慰めている子がいます。日本人の女の子とベトナム人の女の子。
私は二人がとても気になって会話の中に入りました。

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千九百八十年代、
夕焼け美しい中学校の校庭に「一人」座り込んでいる女の子がいます。名前は「亜希子」ちゃん。
亜希子ちゃんは虐めにあっていました。入部した
バレー部の先輩に目をつけられて「練習」という名の元、亜希子ちゃんめがけて、先輩達が打つアタックされたボールが何発も何発も飛び込んできます。それは頭、顔、腕、あちこちにあたり亜希子ちゃんは耐えられずその場に座り込んでしまいました。亜希子ちゃんは少し涙ぐんでいます。
亜希子ちゃんは群れるのが苦手で一人でいるのが好きなタイプ。先輩の誘いを一度、断った事があります。決して悪気はないんですよ。この行動が先輩の目に生意気だと映ったようでそれからこのような「攻撃」がはじまるようになりました。
「あいつは生意気だ」そんな声が何処からともなく聞こえてきます。
亜希子ちゃんはクラブ活動が終わってからもなかなか立てずにその場に座り込んでいました。
すると背後から「一緒に帰ろう」という声が聞こえてきたのです。
亜希子ちゃんはそんな言葉が自分にかけられるとは思いもしなかったので驚いて後ろを振り返ると、そうです。そこにベトナム人の女の子、メイちゃんが立っていました。
メイちゃんは今年四月にこの中学校に転入してきたばかりです。メイちゃんは亜希子ちゃんとは正反対の性格のようで初対面の子でも物怖じしません。積極的に話しかけています。
「何処に住んでるん?」「名前は?」
返事をするのを躊躇している亜希子ちゃんの心境をよそに次から次へのメイちゃんは亜希子ちゃんに質問します。面白いですね。亜希子ちゃんはその間、ぽかんとした表情でメイちゃんを見ているのですよ。
やっと亜希子ちゃんは
「◯◯町に住んでる」と答えました。
「◯◯町?やぁ、うちと近いやん。そしたら一緒に帰ろうよ。」
断る理由もないので亜希子ちゃんはゆっくりと
立ち上がり、メイちゃんと共に帰宅する事にします。メイちゃんは本当によく喋る女の子でした。
帰宅途中、一人で延々と話しをしています。
ケラケラとよく笑い、表情がコロコロと変わります。
暫く歩いているとメイちゃんが指差した場所がありました。亜希子ちゃんがその場所をよく見ると
「◯◯町の宿舎」と看板が立っています。
その場所は県営の宿舎でベトナムの難民の方々を受け入れる宿舎でもありました。メイちゃん一家は五年前にベトナムからご家族と共に入国し、つい最近、この宿舎に引っ越してきたのです。
と言ってもメイちゃんのお父様は日本の大学の講師として招かれてこの地にやってきたそうで
「うちは難民じゃないよ。」
とメイちゃんはよく話していました。
メイちゃんはお父様をとても尊敬して自慢していましたよ。「とても偉いんだ」って。
メイちゃんのお父様は台湾人と日本人のハーフ、
お母様はベトナム人。メイちゃんは実はクォーターなんです。そういえば、メイちゃんのお顔立ちはベトナムの方だけでない、日本人の血も混ざっているように見えます。

 

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一方、亜希子ちゃんのお家はメイちゃんの住まいから歩いて五分くらいの場所にありました。
お父様は会社勤めをされています。亜希子ちゃんに対してとても厳しくて何かと大声で怒鳴るんだとか。それも可愛い子供に対する親心。しっかりとした子に育てたいというお父様なりのお気持ちだったのでしょうね。でも、亜希子ちゃんはすぐに大声で怒鳴られるのを辛いと思っていました。
自分の思いをハッキリと伝えるメイちゃんとどちらかと言えば無口な亜希子ちゃんは正反対な性格。いわば補える性格というのでしょうか。これが良かったのでしょう。出会いからすぐに二人は行動を共にするようになり、お互いのお家にも行き来するくらいに仲良くなりました。うちの学習塾にも二人で来てくれるようになったんですよ。亜希子ちゃんは国語が得意です。メイちゃんは英語が得意です。メイちゃんの日本語の習得率は見事なもので苦手と言っていた漢字もスラスラと暗記して、日本のお子さん達と同レベルまで書けるようになりました。
メイちゃんの賢さ、努力、素晴らしいですね。
メイちゃんは、亜希子ちゃんによくこう言っていました。
「先輩の◯◯、ムカつくよな。亜希ちゃんを
虐めようとするなんて。私も前は日本語喋れへんかったからよう、クラスの子に虐められた。
私は何も悪くない。虐める方が悪いんやから。
私は誰にも負けへんねん。亜希ちゃんも負けたらあかんで。勝たな意味ない」
メイちゃんの言葉には強い決心と亜希子ちゃんに対する優しい思いがこもっています。この言葉を聞いてメイちゃんの優しい思いが亜希子ちゃんにも届いたようで、亜希子ちゃんも「強くなろう」と思いました。
亜希子ちゃん、一歩、一歩で良いのですよ。少しずつ強くなって前を向いて歩いて行って下さいね。

ある日の事です。メイちゃんに亜希子ちゃんの悪口を話す同級生がいました。
メイちゃんはその子に言いました。
「亜希ちゃんの事、何も知らんくせに悪く言うな。」
その同級生は暫くメイちゃんをじっと見て、その後、何処かへ行ってしまったそうです。
その話を後から亜希子ちゃんはメイちゃんに聞きました。
「◯◯、あの子、亜希ちゃんの事、何にも知らんくせに悪く言うんやもん。腹がたって言い返したよ」
亜希子ちゃんはメイちゃんの話を聞いてとても驚き、
「メイちゃん、ありがとう。私をかばってくれて本当にありがとう。」
と言いました。
その日から亜希子ちゃんにとってメイちゃんはより一層、大切な友人になったんです。
でも、それから二ヶ月後の卒業式の日、メイちゃんはお家の事情で神戸に引っ越しをする事になりました。
見送りの日、メイちゃんの住まいであった宿舎の門の前で亜希子ちゃんはメイちゃん一家の姿が見えなくなるまで大きく、大きく、何度も、何度も手を振っていました。
「メイちゃん、元気でね。また、神戸に行くからね。今までありがとう。メイちゃん!」
亜希子ちゃんの目は涙でいっぱいです。メイちゃんと別れるのが悲しくて仕方ありません。そんな亜希子ちゃんの背後には大きな桜の木があり、花びらが風に乗って吹雪のように散っていました。

 

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